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侵略の道具から友好の種へ 在留日本人送還60周年(3)

■友好の種をまいた人々

(戦時中の)中國の在留日本人の多くは、中國に來る前に動員を目的とする政府の詐欺的宣伝を受けていたが、実際上、日本の軍國主義による侵略戦爭の道具にされた。戦爭が終わると、中國の大地に取り殘され、多くが深い絶望を味わった。國家間の戦爭が終われば、居殘った敵國國民は報復を受けたり、懲罰的労役を課されるのが常だからだ。しかし中國人は、困難に遭っている在留日本人と、侵略戦爭を発動した軍國主義者とを明確に區別した。當時、東北地方で発行されていた日本語紙「東北導報」に掲載された、在留日本人に宛てた文章からは、中國人の懐の広さがうかがえる。

文章の概要:戦爭が勃発以降、諸君は精神的?肉體的に痛めつけられただけでなく、経済的にも計り知れない損失を被った。これらは全て、中國東北地方の支配をもくろんだ日本の軍閥が引き起こしたことである。(中略)中國の人民は世界の人々と同じく、いずれも平和を愛する大衆だ。第二次大戦以降、特に東北地方に戦火が拡大してからの數十年間、中國の民衆の生活は苦難に満ちている。しかしわれらは、真の敵は日本の軍閥であって、日本の民衆ではないと信じている。(戦爭の)期間中、日本の民衆も甚大な被害を受けており、われわれも深く同情する。(中略)東北の民衆を知る諸君には、われらの真心と日本への友愛の真の気持ちを日本へ攜え、中日間の善隣友好関係の実現に努力していただきたい

送還された元在留日本人の活動は、戦後の中日関係に深いプラス影響を與えた。元在留日本人の多くは、當時の歴史的背景や、(國による)戦後処理の違いを比較した後、中國を「偉大な仁義の國」と稱えた。特に(1949年の)中華人民共和國成立以降の帰國者は、周恩來総理の予見した通り、中日間に「友好の種」をまく人々となった。

1953年の帰國者の中には、従軍して中國革命に參加した人もいる。彼らは革命思想の薫陶を受け、中國人との間に強い友情を育んだ。帰國後は、祖國である日本をかえって遠く感じたという。ある人は次のように回想する。

「日本のすべてが遠いものに感じられた。帰國後の數年間は生きることに精一杯で、人生の目標を見つけられず、企業がひたすら利益を追求する中、人に操られるだけだった。経済の発展がもたらしたものは、人間関係の希薄さだった。敗戦當時の私が知っていた日本の社會とは全く違う。比べてみて、私の心の中あったのは社會主義の中國の印象だけだった。どうしたら中國に帰れるだろう。中國はどんな発展を遂げたのか。私を育ててくれた中國に、何か私ができる仕事はないだろうか。そんなことを考えてばかりいた。退職後は中國に帰ろうと心に決めた」

こうした日本人たちは、大きな政治的圧力を受けながらも、「日中和平友好會」を設立し、社會主義の中國を熱心に稱えた。冷戦時代、同會は中日友好促進の支柱であり続けた。90年代以降は、侵略戦爭の罪業を否定する言論の蔓延に対し、「731部隊展」や「毒ガス展」などの巡回展示會を全國各地で開催し、軍國主義の罪を暴いた。すでに高齢となった彼らは、「帰國時に中國人の戦友から贈られた言葉が、いつも耳元で鳴り響いている。われわれはのん気に休んではいられない。命ある限り、中日友好のために全力を盡くすつもりだ」と話す。

中國の戦犯管理所で矯正を受けた日本の軍関係者についても、觸れておかなくてはならないだろう。當時、毛沢東や周恩來といった指導者が、友情によって日本人戦犯を感化し、新たな人間に変え、友人に変えることを強調した。こうした日本人らは1956年に帰國した後、「中國帰還者連絡會」を設立し、侵略戦爭反対や平和維持を目標を貫き、さまざまな方法で中日関係の正常化実現に向けて努力した。冷戦時代、彼らは「アカの中國に洗脳された人間」とみなされ、常に警察にマークされ、仕事にも就けなかった。しかし政治的圧力をものともせず、自身の體験を日本の若い世代に向けて語り、侵略戦爭の罪業を証言する活動を続けた。中日國交正常化後は、彼らの多くが中國を再び訪問し、被害者である中國人に謝罪した。戦後50周年の節目にあたる10年前、日本の政界には侵略戦爭の責任を否定する悪しき潮流が生まれた。これを受けて、中國帰還者連絡會のメンバーは季刊誌「中帰連」を共同創刊した。同誌は現在日本社會で大きな影響力をもち、歴史の転覆を狙う右翼の言論?行動と決然として戦う拠點となっている。

時の流れは速い。1946年に在留日本人の帰國第一船が中國を出発してから、すでに60年が経過した。しかしわれわれは歴史を忘れることはできない。日本の軍國主義により発動された戦爭が、どのようにして罪のない民衆を侵略の道具に変えていったかを忘れることはできない。さらには、中國人の広い懐と平和への願いが、どのようにして中日友好の種を育てたかを、忘れてはならない。

「人民網日本語版」2006年6月22日

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