武藤章(1892-1948)
熊本県出身。元陸軍中將。日本陸軍士官學校第25期(1912年)卒業生。1920年に陸軍大學を卒業。1933年にかつて中國の中南部地域で情報収集活動に従事した。1936年に関東軍參謀長に就任。1937年に參謀本部作戦課課長に就任、のちに中「シナ」方面軍副參謀長に就任、「南京大虐殺」に直接參加した。1939年に少將に昇進、陸軍省軍務局局長に就任。1941年に中將に昇進。1942年にインドネシアのスマトラを侵略する第二近衛師団師団長に就任。1944年にフィリピンを侵略する第14方面軍參謀長に就任。1946年に極東國際軍事法廷によってA級戦犯として、1948年12月に絞首刑に処せられた。
「チャイナネット」資料