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日本の歌舞伎界を代表する女形の役者として知られる坂東玉三郎さんは、5月6日から15日にかけて、北京の湖広會館で、中國の蘇州昆劇院の役者とともに昆劇『牡丹亭』を共演した。
坂東玉三郎さんはこれまでチェリストのヨーヨーマやダンスのモーリス?ベジャールなど世界各國のアーティストと共演したり、映畫に出演したりするなど常にチャレンジ精神を発揮している。
今回の経緯について、坂東玉三郎さんは、中國の京劇の女形の役者だった梅蘭芳に憧れて、その息子の梅葆玖さんに京劇を習った際、梅蘭芳がかつて昆劇を習ったことがあることを知って、自分も昆劇を習おうと、蘇州に向かった。蘇州で昆劇を習っている間に、坂東さんは昆劇に魅了されて、ぜひ自分で演じようと思ったそうだ。
昆劇の場合は、役者がせりふを喋るだけでなく歌うこともある。また、昆劇の歌やセリフは昔の昆山の方言を基礎(chǔ)にしたものなので、今の中國人でも聞いてわからないところもある。しかも、坂東玉三郎さんは、中國語はほとんどできない。ですから、自分が歌うことを決めてから、坂東玉三郎さんは有名な昆劇の俳優(yōu)、張継青さんに習い、色々な工夫をして、一年ほど猛稽古を重ねた。共演する江蘇省蘇州昆劇院のスタッフ達はみんな玉三郎さんの勉強ぶりと役者としての気概に感心したという。
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蔡少華院長は「玉三郎さんは張継青さんに歌の口の開け方から習った。まず、歌やセリフの日本語訳を書いて、その上に中國語の歌詞やセリフの発音をつけ、そして、旋律をつけた。それを見ながら、録音を聞いていた。さらに、張継青さんが歌ったところやセリフを読むところの口の開け方をビデオで撮って、家でそれを見ながら練習していた。だから、その舞臺を見た人は皆、その努力に感動した。特に、そのセリフはとてもすばらしく、短い間にここまでになったことは、玉三郎さんが本當の蕓術(shù)家であるからだとしか言いようがない」と話した。
今回の舞臺は、坂東玉三郎さんと中國の江蘇省蘇州昆劇院との協(xié)力で実現(xiàn)したのである。まず、唐の詩人、白居易の詩『長恨歌』をアレンジした歌舞伎の演目『楊貴妃』で、玉三郎さんは中國の役者と共演した。この『楊貴妃』は、昆劇の楽器によって演奏され、歌も中國語で歌われた。その次は、昆劇の名作『牡丹亭』に出演し、玉三郎さんは中國の二人の女形の役者と三人で「杜麗娘」を演じた。
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公演が行われた湖広會館は、こじんまりとした舞臺だが、とても古典的な風格がある場所である。坂東玉三郎さんは湖広會館で舞臺をするのが十年來の夢だったといわれている。湖広會館の初代館長で今回の実行委員會の許立仁主任は坂東玉三郎さんとの出會いについて「十年前に親友のキン飛さんの紹介で坂東玉三郎さんと知り合った。その後、玉三郎さんは數(shù)回湖広會館を訪れ、自分の愛する梅蘭芳氏がここで舞臺をしていたことを聞いて、ぜひこの中國の昔風の劇場で舞臺に上がりたいと考えたそうだ」と述べた。
「とても感動した。一人の日本人としてこれだけすばらしい舞臺を見せてもらって、本當に感動した。とてもよかった。來た甲斐があった。」(若い女性の観客)
坂東玉三郎さんに昆劇を教えた昆劇俳優(yōu)の張継青さんも初演の前日にわざわざ蘇州から駆けつけてきた。玉三郎さんとの縁やその舞臺について、張継青さんは「我々が1986年に日本で「牡丹亭」を上演した時、坂東玉三郎さんが見ていた。去年、彼が昆劇を習いに來た時、そのことを初めて知った。彼が演じた「杜麗娘」は誰かの真似ではなく、玉三郎さん自身の「杜麗娘」だ。こんなに短い間で、このような舞臺ができるのは、優(yōu)れた蕓術(shù)家にしかできないことだ思う」と話す。
この中日共演の「牡丹亭」は今後も上演されるという。玉三郎さんが演じる「杜麗娘」がどこまですばらしくなるのか、というのが楽しみである。
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