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三鷹美術館 ドラ貓先生が天から降ってきた |
発信時間: 2009-08-05 | チャイナネット |
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もし、その人が、痩せていなかったら、その人こそドラ貓先生で、家の參観に招いてくださったのだと、私は思う。 今でも、今年の2月、日本の三鷹での経歴は、本當だったのかなと私は考えることがある。 日本東京の郊外にある三鷹市。宮崎峻の三鷹美術館の所在地であるため、私はここ2年間、この地名をしっかりと記憶に止めてきた。 私の概念では宮崎峻は、つまりドラ貓であり、私の息子の概念では、美術館はドラ貓美術館である。私たち親子は、ドラ貓が大好きだ。だから三鷹は、必ず行くんだと決めていた。 2年前から、三鷹美術館の資料をあれこれ調べ、道順までしっかり覚えこんでいたのに、2年後に、地下鉄三鷹駅のプラットホームに降り立ったら、どの出口から出たら、路上に出られるのかを悩んでいた。 インフォメーションの係の人は、私の質問に対し、ムダな言葉は一つもなく答え、中國語と英語の表示のある一枚の地図をさしだした。それには、予約入場券を売るLAWSONの位置まで、書いてあった。 何はともあれ、私は恐れ知らずのスーパ母さんだ。見知らずの、美しい名のあるこの町へ、私は母と5歳の息子の烏豆(黒豆)を連れてきた。それにまして、いけないのは、美術館の入場券は予約制なのに、私は予約の入場券を購入していない。中國からの観光客は、前もって、スーパのLAWSONで入場券を求めるきまりになっているのに、私たちの宿泊するホテルの付近に、あいにくLAWSONが見つからない。なのに、私は家族を引き連れ、勇敢に三鷹まで乗りこんできた! 地図に記してあるスーパのLAWSONは、簡単に見つかった。そこの自動販売機の前に、多くの人たちが集まっていた。予想した通り、入場券を買おうとしていた臺灣の観光客は、彼らの標準的な中國語で、「當日の入場券は全部売り切れ」と、教えてくれた。 |
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