中國で大人気の映畫「クレイジー?イングリッシュ」が上映された頃、日本メディアはこれを話題として紙面に掲載した。これは映畫の中で、日本人の英語力が取り上げられたからだ。日経新聞の中國語サイト「日経中文網」が伝えた。
映畫の中には、このようなセリフがある。「日本人の英語はクソだ。話すのが速くて、日本人のなまりがあり、一言も聞き取れない。だから(中國人は)英語をマスターして、日本に行き金を稼ごうではないか」このように、日本人は完全に笑い草にされている。これはまったく根拠のない説でもないので、日本人である筆者は複雑な心境だ。
確かに日本人は英語が苦手だが、勉強しないわけにはいかない。そればかりか日本は英語教育の発展に力を入れており、日本人も英語の學習に熱心だ。
義務教育で6年間學習し、大學に進學してから約2年間學習する。日本人はこうして英語を學ぶ。また大學入試の英語は、難易度が高い。小説や論文など難易度の高い英文を理解できなければ、理想の大學には進學できない。しかし難しい論文を読めても、英語の會話能力は低い。英文を理解する能力は、米國の高校生のレベルに達しているかもしれないが、話をするとなると小學生のレベルに落ちてしまう。
會話が苦手で、リスニング力が低い。言い換えるならば、英語が苦手というより、英語を恐れていることになる。「英語恐怖癥」になった日本人は英語を耳にした瞬間に警戒し、英語ができないというコンプレックスと戦わなければならない。日本人はこのコンプレックスを解消するため、多くの時間と金を費やす。英會話教室は、駅周辺(駅前)、學生街、ビジネス街、ショッピングセンターなどあちこちにある。英會話教室の経営は、激戦の時代を迎えようとしている。
しかし日本人はなぜこれほど英語が苦手なのだろうか?これにはさまざまな原因があるが、まずは「島國」という環境が英語學習の障害になっている。歐州を例とすると、フランス、イタリア、スペイン、ベルギー、スイスなどは陸続きで楽に行き來できるため、言語學習が容易だ。
日本人の外國語のマスターを困難にしている最大の要素は、日本人の民族性にある。日本人はどんな場合でも恥ずかしがり、話をするのが苦手で、積極的に口を開こうとしない。外國語を學習する際に最も重要なのは、「間違っても話をする」という精神であるが、日本人にはこの精神が不足しているのだ。
?中國網日本語版(チャイナネット)? 2015年2月11日