ホーム |
梅蘭芳の京劇蕓術と日本の交流 |
発信時間: 2009-03-06 | チャイナネット |
|
中國映畫『花の生涯~梅蘭芳~』が、3月7日から日本で公開されるが、今から50年以上前、中日の文化交流史には、梅蘭芳と市川猿之助という中日の古典演劇の名優が相互訪問するという、素晴らしい出來事が刻まれている。 1955年9月28日、日本の歌舞伎座理事と大博劇場支配人の松尾國三、市川猿之助の訪中公演団一行57人が、中國人民対外文化協會の招きで、香港を経由して大陸部に到著し、10月28日に帰國するまでの約1カ月間、北京、上海、広州で8回の公演を行った。
中國の建國6周年を祝う式典の招待狀 中國の建國6周年を祝う式典が天安門広場で行われた10月1日、周恩來総理に招待された市川猿之助と松尾國三らは、天安門で毛沢東主席、朱徳総司令、彭真北京市長、久原房之助たちとともに、天安門広場での催しを見學している。 この訪中公演のお禮として翌年5月16日、梅蘭芳を団長とする中國訪日京劇代表団一行85人が日本を訪問し、東京、福岡、八幡、名古屋、京都、大阪などで合わせて32回の公演を行った。訪れた観客は7萬人。テレビでも放映されたため、梅蘭芳の公演を見た人は約1千萬人にも上った。最後の2回は、原爆による被害者や戦爭孤児のためのチャリティー公演として開催されている。 戦後初めて行われた歌舞伎の海外公演は、中國と日本が正式に國交を結んでいない時代に行われた最初の文化交流事業として、歴史的な意義がある。この交流の実現には、毛沢東主席、周恩來総理、鳩山首相、鈴木茂三郎社會黨委員長などが盡力した。 (寫真提供:稲垣喬正氏。稲垣喬正氏は、市川猿之助の中國公演と梅蘭芳の日本での公演の舞臺美術を擔った一人である)
「チャイナネット」2009年3月6日 |
|