注意したい點は、2013年は「中日平和友好條約」締結35周年に當たることだ。安倍晉三氏の父親、安倍晉太郎氏は當時、福田赳夫內閣の官房長官を務め、中日間の4つの政治文書のひとつである「中日平和友好條約」の締結に心血を注いだ。その後の中曽根康弘內閣の外務大臣を務めていたときには、対中國政府開発援助(ODA)を積極的に推し進め、改革?開放を主導した鄧小平氏に敬意を示した。一般的に、日本の政治家は「親の意志を継ぐ」傾向にあるため、安倍晉三氏は再登板後に「政権不孝」にはならないと見られる。
安倍氏は2006年9月に小泉純一郎氏に代わって首相に就任した後、関係を促進するため、その月のうちに訪中し、任期中に靖國神社を參拝しないことで中國側の官僚と合意し、中日関係を「戦略的互恵関係」にし、悪化した中日関係を改善させた。また安倍氏は先日、『文蕓春秋』に対して、政権獲得後に中日の戦略的互恵関係を再構築する考えを示した。政治家にとって信用は最も重要であり、安倍氏は政権奪回後に信用を維持できると信じている。
我們注意到,明年是《中日和平友好條約》簽訂35周年。當年,安倍晉三的父親安倍晉太郎擔任福田赳夫內閣的官房長官,曾為中日關系四大政治文件之一的《中日和平友好條約》傾注了心血。在其后擔任中曾根康弘內閣外務大臣期間,安倍晉太郎積極推動日本對華政府貸款(ODA),對中國改革開放的總設計師鄧小平表示敬意。通常來說,日本政治家講究“子承父志”。我們因此有理由期待安倍晉三重新執政后不會成為“不孝政權”。
我們注意到,2006年9月安倍晉三繼小泉純一郎出任日本首相以后,當月即訪華進行“破冰之旅”,與中方高層達成日本首相任職期不參拜靖國神社的共識,將中日關系定位為“戰略互惠關系”,讓降至冰點的中日關系出現轉圜。最近,安倍晉三在《文藝春秋》月刊上表示,“取得政權以后,希望再一次構筑日中戰略互惠關系”。政治家以“信”為首,我們因此期冀安倍晉三重新執政后成為一個守“信”的政權。