名前を覚える間もないほど目まぐるしい日本の首相の交代劇は、もはや日本の政局の代名詞になっている。ある統計によると、伊藤博文が初代首相に就任した1885年からすでに100年以上の年月が経っているが、その間、100回近くの首相交代が行なわれており、その平均壽命は1.35年となっている。當然ながら、これには、間もなく幕を閉じる菅內閣はカウントされていない。シンガポールで発行されている中國語日刊紙「聯合早報」が伝えた。
◇菅首相の「しぶとさ」が稱賛の的に
菅政権は、その指導力を疑問視する國民の聲に加え、與黨內の「反菅勢力」や野黨からの攻撃をダブルで受けてきた。6月2日、衆院本會議で提出された內閣不信任決議案は、菅首相にとって政治家人生最大のピンチだったともいえる。衆議院では民主黨が多數を占めているため、自民黨などの野黨が如何に政権交代を狙ったとしても、與黨內から造反者が出なければ、不信任決議案が可決する可能性はゼロである。民主黨代表の菅首相は、強硬策と懐柔策を織り交ぜながら、このピンチをしのいだだけでなく、これにより2カ月以上におよぶ政権延命を成功させている。こうした粘り強さは、菅首相の策略家ぶりを表すものである。貓の目のように次から次へと首相が交代する日本の政界において、菅首相は例外的な存在だと言えるだろう。
こうした菅首相のパフォーマンスは、政権維持への執念を燃やしているように見せかけているだけである。実は、退陣に相応しい頃合いになるまで、単に時間稼ぎをしているに過ぎない。あの手この手を使って首相の椅子に居座る理由は、単に、退陣3條件(復興基本法案、特例公債法案、2011年度第2次補正予算案の任期內の成立)が揃うのを待っているだけに過ぎない。そうすれば少なくとも、菅首相が「名ばかりの首相」でなかったことの証明になるからだ。この一面だけを見ると、さすがに市民運動家出身らしい國民目線の政治家ぶりがうかがえる。內閣支持率が15%前後にまで急落したとは言え、將來的には、公平な目で菅首相の評価がされるはずである。
◇政界の怠惰な體質と體制